よみもの

第4話

ここ最近、同じような文面を毎日見ている気がする。
そこで前日までの同じ場所から報告される書類を探してみた。
すると思った通り、程度の差はあれど同じ内容のものがあった。
今日ももうすぐ同じことが起きるのだろう。
どう解決したものかと、また悩まされる。

* * *

届けられた報告書には、やはり同じ内容のものがあった。
そこには、建築の途中で代表同士が揉めた末にお互いのものを壊したとある。
そこでこの内容について詳しく聞いてみることにする。
目の前には狼の獣人、ワウル。

「さて、報告書には連日同じことの繰り返しが書かれているが、その件についてなにか言いたいことは?」
「俺はちゃんとやってるが、フイノが邪魔するから喧嘩になって、あとは報告書の通りだ」
「つまり自分に非はないということか?」
「その通りだ。あいつがいなければもうとっくに終わっている」
「揉めた原因は?」
「俺たちのやり方にケチをつけた上、勝手に俺らの管轄のところまで場所を広げてきたからだ」
「それが本当ならたしかに非はないだろうな」
「俺が嘘を言っているとでも?」
「いや、そこまでは思ってないが、それがすべてとも思ってないということだ。なんにせよ、同じことを繰り返していては資源も時間も無駄だろう。こちらでも対策を考えるので、明日から3日は休みにしてもらう。その間にまた連絡を入れるが、それでいいか?」
「わかった。ひとまずあんたの言うことを聞こう」

* * *

狼の獣人か。もっと血の気の多い奴かと思ったが、聞き分けてくれてよかった。
見た目からして獰猛そうだったが、喧嘩で血を流していないのは評価できる。
物を壊すところはまるで評価できないが。
狼の獣人ってどんな特性なんだろうか。
「うーん…」
うなってみるものの、答えが出るわけでもなかった。
どうせならそこも聞いておくべきだったかもしれない。
「そんなに悩んでどうかされたのですか?」
いつものお茶を、いつもの笑顔で差し出す美人エルフのシャルラ。
お茶を受け取って一服がてら、少し相談してみることにする。

「ここ最近の報告について、代表のひとりである狼の獣人のワウルから話を聞いていたんだが…」
「狼の獣人ですか。また新しい種族と話ができてよかったですね」
そう言って微笑むシャルラ。相変わらずかわいい。
じゃなくて、相談するんだった。
「ひとまず手を止めて休みにするのを受け入れてくれたんだが、狼の獣人はどういう特性なのかと思ってな。やっぱりそこを理解せずに指示を出しても、なかなか信頼に繋がらないだろうと」
「なるほど。本人に聞かなかったのですか?」
「それをしなかったから、いまこうして悔やんで悩んでうなってるんだよ」
「そうでしたか。では他の誰かを呼んで話を聞くというのはどうですか?」
「それぞれに用事もあるだろう。狼の獣人は男女ペアが何組か集まってグループを作っていると聞いたことがあるし、あまり余計な時間を取らせるのも悪いじゃないか」

シャルラは少し考えた様子を見せた後、諭すようで、けれど叱るように口を開いた。
「あなたは相手のことを思うことができる優しい方です。ですが問題の解決をするために必要なことを、相手を言い訳に躊躇っていてはいけません。皆、問題が起きた状態を良しとはしないでしょうし、解決のために力を貸してほしいとお願いされることのどこに断る理由があるでしょうか」
まさに言い返すこともできないストレートな意見だった。
「たしかに、その通りだ。ではその旨を伝えてみよう」
「ええ、そうしてください。そして魔族の生活をより良くしていただければ言うことなしです。ぜひ、その力を奮ってくださいね」
シャルラはそう言うと、綺麗なお辞儀をし、優しげな表情を見せて部屋から出ていった。

悩んだときは誰かに相談してみることも大事だな。
なぜかわかっているはずのことを頭からなくそうとしてしまうが、他人から言われれば頭に入れないわけにもいかなくなる。
「よし、早速動いてみるとしよう」

* * *

応接間としてはまだ机と椅子を揃えただけの質素な部屋に、狼の獣人が案内されて入ってきた。
「ワウルの妻、名をウルマと申します」
そう言って彼女は恭しく頭を下げた。
「わざわざ来てもらってすまない。どうぞお掛けに」
「恐れ多いことではございますが、失礼いたします」
そう一言掛けてから、丁寧な動作で向かいの椅子へ座った。
ワウルは身体を使う仕事上なのか、見た目からして筋肉質なことがわかる肉体で毛並にも荒々しさが窺えた。
しかし目の前にいるウルマは、適度に筋肉は付きつつも細身で女性らしい身体、梳いているのか毛並も艶があって美しく、その立ち振る舞いから見ても、とても上品な女性であった。

「狼の獣人の特性について聞きたいたいことがあってどなたか呼んでもらうように頼んだんだが、ワウルの妻と聞いて少し驚いているよ」
誰でもいいとは言ったが、まさか今回の問題における代表者の妻が来るとは思っていなかった。
「夫を支えるのが妻の役目というものです。私にわかることでしたらすべてお答えいたしますので、なんなりとお聞きくださいませ」
あまりに丁寧な口調と所作に若干のやりづらさを覚えながら、理解を深めるために話を聞くことにした。

「まず、狼の獣人は男女ペアが集まってグループを作っていると聞いたんだが、それは本当なのか?」
「はい。私共はつがいの男女が何組か集まってグループを形成します。規模はそれこそグループによるのですが、夫のグループは現在4組でございます」
やはり聞いていた通りか。それにしても、つがいや夫婦という形で集まるのはなかなかに珍しい。
「疑問があるんだが、グループ内における順位というのはどうなっているんだ?」
「なるほど、おそらくは狼の魔物に対する知識からの疑問だとお見受けしますが、私共は男女別に順位を持つのではなく、あなた様のいうペアごとに入れ替わることがございます」
「推察の通りだ。狼の魔物の知識はあったんだが、狼の獣人の特性は詳しく知らないので、こうして話を聞かせてもらっている。言葉のまま受け取ると、現在あなた達がそのトップというわけか」
「狼の魔物は子孫を残すため繁殖のペアが最上位になり、その群れは雌雄別で常に順位の変化が起こり得ました。しかし獣人である我々は知恵に恵まれました。あなた様のお力により魔族の生活も安定してきております。その変化により、狼の獣人はつがいのままに順位変化の可能性もありますが、ほとんどのグループは最上位のペアを除き同列となっております。ただし、古参新参による差はあると私も聞き及んでございます」

「失礼だが、狼の獣人は血の気が多く荒い性格だと思っていた。しかし、あなたを見ている限り、どうやらそれは間違いだったようだ。そのあたりはどうだろうか?」
「それも狼の魔物に対する知識からでございましょうが、先程も言った通り、我々は知恵に恵まれたのです。狼の獣人は、狼の魔物の特性を持っている人間、という種族ではございません。本能的なところでは、あなた様が仰ることも間違ってはいないでしょう。たしかに、連絡手段として遠吠えを行うこともございます。それでも我々は理性を持ち、言葉を使うことで、他の種族の方々ともコミュニケーションを取ることができます。このおかげで、人間であるあなた様とも同じように生きられるのです」

「あなたはとても素晴らしい女性のようだ。誤った認識を改めよう。申し訳なかった」
たしかに頭を下げた。しっかり下げようとした。
しかし、ほんの少しばかり下げ始めたところで、目の前の女性によって止められてしまった。
「どうか、どうか、おやめくださいませ。私共は皆、あなた様に感謝しております。夫のワウルも、誰かの言葉に耳を傾けることは少ないですが、信頼しているあなた様の言葉は聞き入れております。この先もどうか、魔族の生活のためにお力添えをお願いいたします」
逆に頭を下げられてしまった。しかも立ち上がって腰から大きくである。

その後、丁寧な所作と言葉で感謝の意を示して部屋から出ていった。
感謝すべきはこちらであったのだが。
あそこまで言われて、このまま静観ともいかない。
もともとなんとかするつもりではあったが、二人の思いをしっかりと受け止めた俺は、改めて気を引き締め仕事に向かうのである。