人の訪れぬ世界の果て。
険しき山地、危険な毒沼、先の見えぬ密林。
それらを越えたさらに先。
佇むは魔族の王の住まう城。
魔族の王たる魔王が居を構える魔王城。
この日もまた、騒がしく一日が始まった。
* * *
「魔王様ー! ご報告ですー!」
「魔王様! 領内で起きた決闘騒ぎが大きくなりすぎまして!」
「魔王様、今期の収穫はあまりよろしくなく…」
「魔王様! 新地開発担当が一斉に休みを取りました!」
「魔王様、修繕工事がむしろ被害を増やしている状態でして…」
次から次へと報告される頭を悩ます案件。
しかし、そのすべてを差し置いて言うべきことがある。
「うるせぇ! 俺を魔王と呼ぶんじゃねぇ! 闇属性だろうと俺はれっきとした勇者だ!」
なぜ俺が魔族たちの案件を処理し、あまつさえ魔王なんて呼ばれることになったのか。
それもこれも、本来この城にいるはずの俺じゃない本物の魔王と、闇を悪と決めつける人間共のせいだ。
「決闘騒ぎについては警備隊がいるだろう。足りなければ城の守護隊も動員しろ」
「承知しました!」
「収穫難はお前たちが悪いとは限らん。天候にも左右されるものが多いからな。城には備蓄もある。必要になればそこから少しずつ出していけ」
「かしこまりました」
「休みを一斉に取ったのはおそらくなにかの抗議だろう。責任者に仕事内容と報酬が納得できるように練り直せと伝えろ」
「はっ! すぐに!」
「修繕はどうせ仲が悪いもの同士が手柄を取り合ってるのだろう。早く終わらせてより貢献したものに報酬を上乗せする約束でもして、さっさと元通りにさせろ」
「御意」
どいつもこいつも、頭を使って効率よく業務をこなすという感覚がないのが問題だな。
今までとは暮らし方が違うのだから、その変化についてもまだまだ試行錯誤といったところだが。
なんでも俺のところへ持ってこないで、ちょっとは現場でどうにかしてほしい。
いつまでも魔王って言われるし。魔王じゃないのに。
* * *
勇者でありながら闇属性だったことで人間の住む世界から放り出され、住む場所を探してたどり着いたのが魔族領だ。
魔族たちは、未来どころか明日をみることもないその日暮らしだったため、次の日に余ったものも持ち越すとか考えず今日なにを食べるかしか考えなかったので、住む家も食べるものも揃っていなかった。
そこで、仲良くなった魔族に便利さと利点を説明し、やり方を教えて小さな畑を作らせた。
なかなか成果が出ないことに苛立つこともあったが、とにかく邪魔はしないように言いつけ、俺も率先して畑の世話をした。
持ち込みの種から芽が出た時、魔族たちも驚きと共に小さくだが喜びを見せていた。
その甲斐もあってか、畑で育てることに苛立つこともなくなり、収穫できたときにはみんなで喜びを分かち合った。
そのまますぐに収穫したものを食べてみると、正直まったく美味しくなかった。
だが魔族たちは美味しいと言って喜んで食べていた。
もしかしたら土地の関係で同じ作物でも味が変わるのかもしれない。
味覚がぜんぜん違うこともはっきりわかったし。
とにかくこれで、自給自足の生活を送れるように意識を少しだが変えることができた。
収穫したものからいくつか種を確保し、次の収穫への説明すると真面目に聞いてくれた。
そういったことを魔族領を旅しながら続けていると、噂を聞いた魔王軍の幹部らしい者が会いにきた。
そして魔王が住んでいるはずの城、魔王城へと連れて来られ、そこで魔族の現状を聞かされた俺は、そのまま城に滞在して自分の力と知識を使い魔族たちの生活を変える手伝いをすることになった。
* * *
時は進んで現在。
勇者でありながら魔王と呼ばれ、魔族たちの未来をつくるために今日も頭を悩ますのである。
「魔王様ー! ご報告ですー!」
「俺は魔王じゃねぇ!」