よみもの

第3話

今日、頭を悩ませていたのは持ち込まれた案件の内容ではない。
その説明にあった。
「魔王様ー! にしのもりのにしのもりのにしのもりの開発のことなんですけどー!」
そう言って駆け込むようにやってきたのは犬の獣人、ラント。
なにを言っているんだこいつは。
もちろん言葉にすることはない。
そして説明をしっかり読み取ってみる。

「西の森にある西ノ森の西側の森を開発していることについてだな」
魔王城の西には大きな森があり、その中に西ノ森と呼ばれる場所がある。
現在はその西ノ森の西の土地を開発中なのである。
「そうですー!」
「ちゃんと伝わるよう説明するように」
「伝わってるじゃないですか?」
首を傾げて問われた。
確かに伝わっているが。
「お前の担当と役割と性格を踏まえた上で、言葉の意味を読み取ったんだ。ほかのやつなら伝わらないかもしれん。誰にでも通じるような説明をするように」
「なるほどー! さすが魔王様!」
うんうん。わかってくれてなによりだ。
「あと魔王はやめるように」
「わかりました! 魔王様!」
俺は頭を抱えた。

* * *

「休憩したいからといってそのダラけ具合はどうなんですか」
お茶を運んできたシャルラが呆れるように言った。
さすがに気を抜きすぎたかと思ったので自分の状態を確認する。
床に敷かれたカーペットのなんと肌触りの良いことか。
片頰を付けて身体はうつ伏せのまま腕を広げて寝転んでいる。
うん、ダメだな。
すぐに起き上がって椅子に座る。
「ありがとう」
そう言ってお茶を受け取る。美味い。
「村での用事は済んだのか?」
「ええ、何事もなく」
「それはよかった」
「お気遣いありがとうございます」
かわいい。微笑んだ顔が天使のようだ。
天使とか実際に見たことないけど。

「言葉が通じるというのは素晴らしい。あとは伝達力があれば言うことはないんだが」
さきほどのラントとのやりとりにしてもそうだ。
こちらが意図を読み取らなければいけないとか、報告としてどうなんだという話である。
こちらの意図もあまり理解していない様子だし。
「それは仕方がありませんよ。人間の場合、個人差はあれど種族として大きく差はないのでしょう。ですが、魔族の場合は種族によって身体や脳、感覚の成長度合いが違いますし、その成長限度も大きく異なるのです」
「そうなんだよなぁ」

* * *

魔族というのは人間以外の知的生物の総称である。
魔族には数多くの種族がいる。
知能が高い、身体が頑丈、水中で呼吸、空を飛ぶ、そういった違いが種族ごとにある。
その逆もまたあり、種族による向き不向きによって生活も違う。
もちろん種族の中でも得意不得意がある。
知能が高いからといって、頭ではなく身体を使うことに楽しさを感じる者もいる。
身体が頑丈だからといって、肉体ではなく手先の仕事が得意な者もいる。
水中で呼吸できるからといって、泳ぐことが苦手な者もいる。
空を飛べるからといって、地上を走り回ることが好きな者もいる。
種族による特性の違いはあるが、結局のところは個人の趣向の違いでしかないのだ。

* * *

「エルフの場合は、寿命が長く、数多くの特有ともいえる知恵を持ち、自然崇拝的な信仰を持っていると言われていますね」
「それは本当なのか?」
休憩ついでに聞いてみることにした。

「寿命は長いというよりないですね。あるところで身体の成長は止まり、あとはほぼ永久に生き続けます」
「ほぼ、というのは?」
「寿命がないと言った通り、人間でいう老いて死ぬということはありません。その意味で言えば不老不死ですね。ただ、エルフが死なないのかというと、そうではないのです」
「つまり死ぬ原因は確かに存在していると」
「はい。邪な心を制御できずにいると、エルフとして存在できなくなります。そうすると不老不死ともいえなくなるので、衰弱死することがあります。あとは、物理的にですね。身体をバラバラにされればさすがに無理です。再生するわけではないですから」
「なるほど。不老の点を除いては同じようなものなんだな」

「特有の知恵というのは、長く生きるが故の知識の量が多いということですね。特別なことというほどのものでもありません」
「たしかに、生きている時間が長いのだから、蓄積されるものも多いんだろうな。ただ、それを蓄えるだけの頭がなければそれも無理というもの。エルフが知能の高い種族と言われるのはそのあたりからきてるわけだな」

「信仰に関しては、エルフは自然の中で自然と共に生きているという考えですので、自然を壊すようなことに関しては怒りを覚えます。そのあたりから自然崇拝の話が出ているのだと思います」
「そうすると、俺が森を開発していることもエルフにとっては喜ばしくないことなわけか?」
「これまでのことを考えればそうなりますね」
「それはすまないことをした。許されるかはわからないが、なにか詫びのひとつはしておかないといけないな」

俺が真剣に悩んだところをみて、シャルラは軽く笑った。
「すみません。でも大丈夫ですよ。もしそうなら私がいまこうしていることもありませんし。開発自体はエルフとしても納得することは難しいことです。しかし、現状の魔族たちの生活を考えると、統率もとれず好き勝手にされる方が自然はより壊れていきます。それを抑える結果になるのであれば、声は上げません。そして実際、いままでは個人で自由に生きていた種族でも、徐々にですがエルフと同じように共同生活を送るところまできています。エルフの中でもいまだに不平不満を言っているのは、この先の私たちの生活、ひいては未来を見据えることができていない、過去や伝統だけに重きを置く頭の固い頑固者だけです」
「おお…ずいぶん褒めてくれるな。照れるわ」
思わぬ言葉に、つい口調が変になってしまった。
「魔族のためにそれだけ力をお貸しくださっているのですから当然です。生活改善だけでなく、日に弱い者たちが生きることに不便さを感じないのもあなたのおかげですから。ふふ、まるで本当に魔族の王のようですね」
シャルラがからかうように笑った。かわいくてなごむ。

「他の種族の特性も確認なさいますか?」
聞いておくかと思ったが、ノックされた扉が開かれたので休憩も終わりを告げた。ずいぶんとタイミングがいい。今日は休憩時間も長かったし、もしかすると待っていてくれたのかもしれない。
「今日はやめておくよ。また今度頼む」
「はい。では、私たちのため、今日も頑張ってください」
優しげな表情でそう言われてしまうと頑張りたくなるものだ。
そうして、この日の俺はいつにも増して仕事に打ち込んだのである。