よみもの

第2話

今日も朝から頭を悩ませていた。
そもそも生き方が違うのだから、そう簡単に変わるとは思ってなかった。
だから変化が遅いのはいい。
しかし、当然と思っていることを変えることは難しい。
今まで意識することもなく必要もなかったことを実践させるのには苦労する。

* * *

「お疲れ様です。少しご休憩ください」
そういって差し出された、自分の好みに合わせてくれたであろうお茶を一口飲む。
「うまい」
「それは淹れ方ですか? それとも味の方ですか?」
「どちらもだ」
お茶を運んできたのはエルフの女性、シャルラ。
人間の美的感覚からするとエルフは男女問わずとても美しい種族である。
シャルラも例外なく美人だ。年齢は知らないが。
エルフは種族として集落を作り生活していて、魔族としても生活力は高い方である。
ただ、食事に関しては自然の中でとれる果物や木の実をそのまま食べることしかしないので、加工や調理といった文化はなかった。
しかし彼女は、やり方を自分から聞きに来て、今までやってこなかったそれを見事に習得している。
「いやー、このひとときが至福ですなー」
思わず言葉が出てしまった。
頭を使わずにいる時間の心地良さといったら。
「なんですかそれ」
横で聞いていたシャルラは、そう言って小さく笑った。かわいい。

人間から見れば美形ばかりのエルフたちなので、裏のルートで奴隷として貴族たちに引き渡され慰みものにされている、なんて話もあった。
証拠はないから噂の一人歩きの可能性もあるが、貴族たちの傲慢さや欲深さはどの国でも似たようなものだったので、この話はまず間違いないと思っている。
俺がここにいる限りはそんなことはさせないつもりだ。
平和に暮らしている者を脅かすことを見過ごす気はない。
相手が人間だろうと魔族だろうと、勇者としては悪を許すことはないのである。

「この時間があるから頑張れるとも言える。起きてる間ずっと頭を悩ませるなんて嫌だし」
「そうですね。ではもう一息ついていただきましょうか」
シャルラは俺の背後に回って肩のマッサージを始めた。
小さく鼻歌交じりなところがまたかわいい。

* * *

「やだ」
「そう言わずに、お願いします魔王様」
マッサージもまだ終わらず、休憩時間のはずなのに、また困った案件を持ち込まれた。
「俺はいま休憩中なの」
せっかくシャルラが俺を癒してくれているのに、それを切り上げて仕事なんてしたくない。
そう思っていたのに。
「ダメですよ、ちゃんと話を聞いてあげてください。私も村への用事で戻ります。時間があればまたして差し上げますから」
なかなか仕事には厳しいシャルラなのである。
「はいはいわかりましたやればいいんでしょやれば」
「そんないじけないでください。皆さん、とても感謝しているんですよ。毎日が楽しいって声もよく聞きます」
そうやって微笑むのもずるい。
文句も言えないほどの良い笑顔を見せられればやるしかなくなる。
シャルラはそのまま部屋を出て行った。

「それでですね、実は…」
「あー俺の癒しの時間がー」
「そういえば、調理場でなにか作っていたような」
「よし、すぐに終わらせてみんなでご飯だ!」
次の癒しの時間がせまっている。
それを知って、俺は嬉々として仕事を始めたのである。